2009年01月03日 (土) | 編集 |
嘘なものですか。この僕が云うのです。
「一瞬でも信用してしまったらあなたの負けだ。これを 呪(しゅ) をかけるという。」
す・・・っと細めた目で正面から美馬坂を見据え、凶悪な笑みを浮かべた陰陽師は呪いの言葉を吐いた。
美馬坂の思い描く至福の千年王国・・・。
外の世界の全てを電気的な記号に置き換えて、脳に電極を埋め込む事で五感を獲得すれば感覚器もいらない。生まれ出たときから死に向かって衰えていく肉体を脱ぎ捨て、脳を除く全ての臓器を機械に置き換えて永遠に生き続けるという事、それが至上の幸福と信じて。
魍魎とはぼんやりした、どちらともつかない曖昧な影のようなもの。全ての物の境界に居てそれ自体は何もしない。そう、そこに迷い込んだ人間が惑うのだ。此方に留まるか、彼方へ行ってしまうか。そこに通りモノが訪れた時、人は破滅へと堕ちてゆく。
永遠の命という幻想に取り憑かれた鬼才の科学者は、まさに此岸と彼岸の境界線に立っていた・・・。彼から魍魎を落とすべく京極堂は、美馬坂の言葉で呪をかけたのだった。
脳は鏡だ。機械に繋がれた脳が生み出すのは機械の意識だ。
わななく声で否定した美馬坂に、さらに深く呪をかける。
「嘘なものですか。この僕が云うのです。」
囁くように低く、しかし当然の事を云うように自信に満ちた口調で。
これ以上ない程に見開かれた瞳が京極堂の呪が有効に作用し始めている事を物語っている。美馬坂はこれより先自分の研究を100%を信じることは出来ないのだろう。いや、私は間違っていないと強く思ったとしても、その度に頭の片隅で京極堂が囁くのだ。
「それは機械の意識だ・・・」と。
怖いですね。丑の刻参りや黒魔術などの呪いの儀式はどこか御伽噺めいていて、実際の有効性など信じられないのですが、京極堂の云う呪の意味は説得力があって本当に怖いです。しかも結構身近にそういう話は転がっていたりしますしね。
例えば新車を買ったら友人に「俺の周りでその色の車に乗ってたヤツって、軒並み事故ってるんだよねー」と言われたら、それ以降、その言葉が耳に残って運転する時なんとなく落ち着かない気分になってしまったりします。これも一種の呪ですよね。かかりにくい人とかかりやすい人がいると思いますけど。
逆に例えば赤ちゃんが生まれた時にその子を見て「ああ、この子はここにホクロがあるから幸せになるわよ」と言われたら幸せな気分になりますよね。この場合は「呪」ではなく「祝」と言うらしいですけどね。字が似てます。呪も祝も同じものなのだそうで。
どちらもその言葉を発する人間が、識者であったり有名な占い師であったり、その道の専門家であったり、つまりは専門的な知識と裏づけがあって、しかも自信満々に言い切られてしまうと信じてしまいます。より強い呪あるいは祝にかかるということですね。
そう考えると・・・京極堂の呪は強力そうですねー。怖い怖い。
閑話休題。
自分の理論を信じられなくなった科学者は、そこから一歩も前へ進めなくなるのだろう。美馬坂は想い描いた千年王国の幻影から醒めて人として此方に戻れる・・・ハズだった。
複雑に絡み合い謎に包まれた事件は、京極堂の口から、陽子の口から、美馬坂の口から語られる真実によって次々解きほぐされ、その衝撃に場は混乱し、激高した木場刑事は美馬坂に拳をふるう。
それを止めようと叫ぶ陽子の悲痛は告白は、京極堂の憑き物落しをも未完に終わらせてしまった。
「加奈子は・・・父の子です!!」
一方、その場にいた誰よりも此岸と彼岸の境界線上に立っていた関口くんは、久保の入った匣に魅入られていた。匣の中の久保が見たい・・・。
手をかけた刹那それは美馬坂に寄って阻止され、京極堂が叫ぶ。
「よせ!!君も向こう側に行きたいのか!!」
もはや美馬坂に戻る道はなかったのでしょう。疑念を抱いて研究を続けることは出来ない。アニメでは語られていませんが、原作では陽子の告白を聞き美馬坂もまた陽子を愛している気持ちに気付いてしまった・・・とあります。それは許されざる愛であり、その結果として生まれた加奈子に施した処置に悔恨の気持ちが頭をもたげはしなかったでしょうか。行き場をなくした美馬坂は、久保の匣を奪い、陽子を伴って、破滅へのエレベーターで屋上へ。
二人を追って屋上に駆けつけた一同が見たものは・・・!
久保竣公だったものに首を食いちぎられて、驚愕の表情を浮かべて果てた美馬坂の遺体と、その傍らで放心したようにへたり込む陽子の姿だった。久保は聖遺物などではなく、もはや匣に魅入られて破滅したただの哀れな男の残骸に過ぎない。
その場にいた誰もが、憑き物が落ちたように少し悲しい顔をしていた。
木場刑事が陽子に手錠をかける。もう女優・美波絹子の幻影に惑うことはない。
「捕り縄はあんたのほうが得意だったな。・・・・悪者、御用じゃ」
陽子は泣きながら、少し笑った。
その後、眩暈坂の京極堂に会した榎木津・関口・鳥口のは、そこに訪れた伊佐間屋によって、加奈子の匣を持って出奔した雨宮の消息を知ることになる。
かの男は幸せを腕に抱いて、彼岸へと行ってしまった。
「幸せになる事は簡単なのだ。・・・・・人をやめてしまえばいい。」
京極堂は少し悲しそうに言った。
それでも・・・私はひどく男が羨ましくなってしまった。
余韻の残るエンディングでしたね。最後に関口君の台詞で終わるのも、原作の終わり方と一緒です。
陽子さんが加奈子と雨宮と3人で暮らした日々を回想するシーンのセピア色の映像が、悲しくなるくらい綺麗で、無邪気な頃の加奈子の無垢な笑顔が切なくて胸が締め付けられるようでした。
概ね満足です。こんなに綺麗に忠実にアニメ化してもらえて、ファンとしてはキャスト・製作スタッフの皆様に感謝です。
ただ1点だけ。久保を打ち上げ花火にしたのはどうかと・・・。あのシーンは木場のダンナ渋いシーンだし静かに終わって欲しかったかなーと。京極堂は美馬坂と因縁があって救えなかったという経緯があるのだから、何かしらの描写が欲しかったとも思います。テレビの場面になって終わるのも・・・ねぇ・・・。
細かい所ではエンジニアの甲田さんは割腹ではなく首吊り未遂でした。エノさんは首を括ろうとする人間を2人救ったことになっていたんですが・・・それは、ま、いっか。
伊佐間屋さんが旅先から持って帰ってきたお土産の、逆立ちした河童の置物がちゃんと出てきたのは嬉しかったですねー。アレは関口君が貰って帰ったんですよね。あの置物はツボにはまりました。私も欲しいです。
いや、伊佐間屋さんのお土産、どれもこれも「こんなのが民芸品の地方ってどこ?!」と突っ込みたくなりましたが、どれもこれも
です。素敵。
あああ、終わってしまいましたね。アニメ「魍魎の匣」堪能いたしました。
また別のお話で彼ら薔薇十字探偵団に逢いたいです。
「一瞬でも信用してしまったらあなたの負けだ。これを 呪(しゅ) をかけるという。」
す・・・っと細めた目で正面から美馬坂を見据え、凶悪な笑みを浮かべた陰陽師は呪いの言葉を吐いた。
美馬坂の思い描く至福の千年王国・・・。
外の世界の全てを電気的な記号に置き換えて、脳に電極を埋め込む事で五感を獲得すれば感覚器もいらない。生まれ出たときから死に向かって衰えていく肉体を脱ぎ捨て、脳を除く全ての臓器を機械に置き換えて永遠に生き続けるという事、それが至上の幸福と信じて。
魍魎とはぼんやりした、どちらともつかない曖昧な影のようなもの。全ての物の境界に居てそれ自体は何もしない。そう、そこに迷い込んだ人間が惑うのだ。此方に留まるか、彼方へ行ってしまうか。そこに通りモノが訪れた時、人は破滅へと堕ちてゆく。
永遠の命という幻想に取り憑かれた鬼才の科学者は、まさに此岸と彼岸の境界線に立っていた・・・。彼から魍魎を落とすべく京極堂は、美馬坂の言葉で呪をかけたのだった。
脳は鏡だ。機械に繋がれた脳が生み出すのは機械の意識だ。
わななく声で否定した美馬坂に、さらに深く呪をかける。
「嘘なものですか。この僕が云うのです。」
囁くように低く、しかし当然の事を云うように自信に満ちた口調で。
これ以上ない程に見開かれた瞳が京極堂の呪が有効に作用し始めている事を物語っている。美馬坂はこれより先自分の研究を100%を信じることは出来ないのだろう。いや、私は間違っていないと強く思ったとしても、その度に頭の片隅で京極堂が囁くのだ。
「それは機械の意識だ・・・」と。
怖いですね。丑の刻参りや黒魔術などの呪いの儀式はどこか御伽噺めいていて、実際の有効性など信じられないのですが、京極堂の云う呪の意味は説得力があって本当に怖いです。しかも結構身近にそういう話は転がっていたりしますしね。
例えば新車を買ったら友人に「俺の周りでその色の車に乗ってたヤツって、軒並み事故ってるんだよねー」と言われたら、それ以降、その言葉が耳に残って運転する時なんとなく落ち着かない気分になってしまったりします。これも一種の呪ですよね。かかりにくい人とかかりやすい人がいると思いますけど。
逆に例えば赤ちゃんが生まれた時にその子を見て「ああ、この子はここにホクロがあるから幸せになるわよ」と言われたら幸せな気分になりますよね。この場合は「呪」ではなく「祝」と言うらしいですけどね。字が似てます。呪も祝も同じものなのだそうで。
どちらもその言葉を発する人間が、識者であったり有名な占い師であったり、その道の専門家であったり、つまりは専門的な知識と裏づけがあって、しかも自信満々に言い切られてしまうと信じてしまいます。より強い呪あるいは祝にかかるということですね。
そう考えると・・・京極堂の呪は強力そうですねー。怖い怖い。
閑話休題。
自分の理論を信じられなくなった科学者は、そこから一歩も前へ進めなくなるのだろう。美馬坂は想い描いた千年王国の幻影から醒めて人として此方に戻れる・・・ハズだった。
複雑に絡み合い謎に包まれた事件は、京極堂の口から、陽子の口から、美馬坂の口から語られる真実によって次々解きほぐされ、その衝撃に場は混乱し、激高した木場刑事は美馬坂に拳をふるう。
それを止めようと叫ぶ陽子の悲痛は告白は、京極堂の憑き物落しをも未完に終わらせてしまった。
「加奈子は・・・父の子です!!」
一方、その場にいた誰よりも此岸と彼岸の境界線上に立っていた関口くんは、久保の入った匣に魅入られていた。匣の中の久保が見たい・・・。
手をかけた刹那それは美馬坂に寄って阻止され、京極堂が叫ぶ。
「よせ!!君も向こう側に行きたいのか!!」
もはや美馬坂に戻る道はなかったのでしょう。疑念を抱いて研究を続けることは出来ない。アニメでは語られていませんが、原作では陽子の告白を聞き美馬坂もまた陽子を愛している気持ちに気付いてしまった・・・とあります。それは許されざる愛であり、その結果として生まれた加奈子に施した処置に悔恨の気持ちが頭をもたげはしなかったでしょうか。行き場をなくした美馬坂は、久保の匣を奪い、陽子を伴って、破滅へのエレベーターで屋上へ。
二人を追って屋上に駆けつけた一同が見たものは・・・!
久保竣公だったものに首を食いちぎられて、驚愕の表情を浮かべて果てた美馬坂の遺体と、その傍らで放心したようにへたり込む陽子の姿だった。久保は聖遺物などではなく、もはや匣に魅入られて破滅したただの哀れな男の残骸に過ぎない。
その場にいた誰もが、憑き物が落ちたように少し悲しい顔をしていた。
木場刑事が陽子に手錠をかける。もう女優・美波絹子の幻影に惑うことはない。
「捕り縄はあんたのほうが得意だったな。・・・・悪者、御用じゃ」
陽子は泣きながら、少し笑った。
その後、眩暈坂の京極堂に会した榎木津・関口・鳥口のは、そこに訪れた伊佐間屋によって、加奈子の匣を持って出奔した雨宮の消息を知ることになる。
かの男は幸せを腕に抱いて、彼岸へと行ってしまった。
「幸せになる事は簡単なのだ。・・・・・人をやめてしまえばいい。」
京極堂は少し悲しそうに言った。
それでも・・・私はひどく男が羨ましくなってしまった。
余韻の残るエンディングでしたね。最後に関口君の台詞で終わるのも、原作の終わり方と一緒です。
陽子さんが加奈子と雨宮と3人で暮らした日々を回想するシーンのセピア色の映像が、悲しくなるくらい綺麗で、無邪気な頃の加奈子の無垢な笑顔が切なくて胸が締め付けられるようでした。
概ね満足です。こんなに綺麗に忠実にアニメ化してもらえて、ファンとしてはキャスト・製作スタッフの皆様に感謝です。
ただ1点だけ。久保を打ち上げ花火にしたのはどうかと・・・。あのシーンは木場のダンナ渋いシーンだし静かに終わって欲しかったかなーと。京極堂は美馬坂と因縁があって救えなかったという経緯があるのだから、何かしらの描写が欲しかったとも思います。テレビの場面になって終わるのも・・・ねぇ・・・。
細かい所ではエンジニアの甲田さんは割腹ではなく首吊り未遂でした。エノさんは首を括ろうとする人間を2人救ったことになっていたんですが・・・それは、ま、いっか。
伊佐間屋さんが旅先から持って帰ってきたお土産の、逆立ちした河童の置物がちゃんと出てきたのは嬉しかったですねー。アレは関口君が貰って帰ったんですよね。あの置物はツボにはまりました。私も欲しいです。
いや、伊佐間屋さんのお土産、どれもこれも「こんなのが民芸品の地方ってどこ?!」と突っ込みたくなりましたが、どれもこれも
です。素敵。あああ、終わってしまいましたね。アニメ「魍魎の匣」堪能いたしました。
また別のお話で彼ら薔薇十字探偵団に逢いたいです。
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